リモートでアメリカの大学院のCSの授業を取ってみた話

Armの福利厚生プログラム FlexPot

私が所属しているトレジャーデータは今年Armに買収され、福利厚生周りがArmのものに刷新された。

その中にFlexPotというものがあり、自己啓発にお金をつかってその領収書を会社に出すと、1年間の合計で上限XX万円まで会社が負担してくれるというもの。具体的な額の公開情報が見当らなかった*1のでふせておくが、割とがんばって使わないと損だなと感じる程度にはもらえる。

何に使うか考えたところ、私は主に家庭と自分の経済的な理由で大学院に行かず働き始めたものの、だんだん会社に給与的な意味で認めてもらえるようになり今は経済的に余裕ができたので、FlexPotも活用しつつちょっと大学院の授業受けてみようかなという気持ちになった。

スタンフォードの Non Degree Option

アメリカに移住を考えている都合、日本ではなくアメリカの大学院に行った方がアメリカでビザを取るのが有利になるためアメリカの大学院の授業を取ってみようかと思ったが、あんまりアメリカの大学のことを知らないので、Rui Ueyamaさんがブログに書いていて面白そうだなと思ったスタンフォードの授業を取ってみることにした。リモートで単位が取れるからというのもある。

卒業できるレベルまで単位を取るのに必要な授業料が高いので、働きながら自分が勉強もこなせるのかとりあえず試しに1つだけ受けてみたかったというのと、そもそも私の学部時代の成績は微妙*2なので、一度履修生として授業を取って内部で良い成績を取るなどしないと、卒業できるコースで出願しても落とされるのではないかという懸念もあり、卒業できないものの後で単位をtransferすることが可能なNon Degree Optionで出願することにした。

出願

Webでポチポチした後、過去に卒業した大学から英語の成績証明書をスタンフォードに郵送すると出願できる。郵送は時間がかかるので、スキャンしてpdfにしてメールで送ると早めにプロセスが進む。ちなみに国際便の郵送をした方は失敗したのか数週間後に返送されてたので、少なくともNon Degree Optionではコピーだけで通ってる気がする。

あと、パスポートのコピーも送らないといけないのだけど、それに全く気付いておらず期限の数時間前くらいに "Please submit ASAP" というメールが来ていて大変だった記憶がある。

授業料

実は上記に加えて、最初に取る単位の授業料を払ってやっと申請が完了になる。つまり受けられるかもまだわからない授業の費用を払うことになるのだが、落ちた場合は返金されるので、クレカの利用可能枠が圧迫されて困った以外の心配はなかった。

授業ごとに取れる単位数が違い、単位数に応じてその授業の費用が変わる。私が取った授業は5単位だったため、6300ドルだった。これはほぼ70万円で、私の大学時代の半期の(複数の授業が受けられる)授業料が半額免除で13万くらいだったことを考えると、高い感じがする。

受講方法

クオーターで授業が区切られており、秋期の9〜12月で週2回80分の授業を受けていた。実際の授業のあと2時間以内にビデオがアップロードされ、リモートの人はそれを見て授業を受ける。英語なんだけど、先生の話すスピードがゆっくりめかつ割と滑舌がよくて聞き取りやすい感じだったので大体1.5〜1.75倍速で再生していたため、46〜53分くらいで受講できる。

私の授業では宿題が毎週出て、難易度に応じて2時間〜休日丸々2日くらいかかる感じだった。あと、これは授業によるのかもしれないがLabというのも毎週あり、テキストが渡され任意の時間に実験室で先生に質問しながら取り組むような奴なのだが、当然リモートだと参加できないため普通に宿題が毎週1個増えるような感じになるが、成果物は2時間取り組んだ後の内容の理解度に応じた質問フォームを埋める程度なのと、宿題に比べると物量が少ないので大体1〜2時間で終わる。

上記を総合すると、毎週最低5時間、運が悪いと土日が完全に潰れることを覚悟しないといけない。2つ同時に授業を受けるなら、1週間に土日が2つ必要になる可能性があることになるので、有給が必要になるかも。

試験

秋期では、11月頭に2時間の中間テストが1回と、12月中旬に3時間の期末テストが1回あった。

リモートで試験を受ける場合、ある条件を満たす人をExam Monitorとして申請し、その人に試験監督をしてもらわないといけない。家族や友人はダメで、会社の上司やHRの人にお願いするなどしなければいけない。

スタンフォードのリモート受講ではこれが唯一面倒なポイント*3で、現地で試験が始まってから24時間の期間に、全く業務に関係ない目的のために同僚の時間を2〜3時間確保しないといけないことになる。私の場合試験が両方Pacific Timeの金曜日だったので、JSTでは土曜の午前3:30みたいな意味不明な時間で始まるため、同僚の休日出勤を避けるために試験開始前の24時間以内でもいいかお願いするところから始まる。これは許されたが、上司の一人は金曜の都合がつかず月曜にできないか依頼したところそれは通らなかったため、二人目の上司に依頼することになった。

Exam Monitorになった人は、メールで問題のpdfをもらい印刷し、2〜3時間の監視の後同じ紙をスキャンしてメールで送り返すのだが、試験の2時間前とかに送られる問題のpdfのメールが、期末試験の時、中間試験の時に依頼した上司に(前日に宛先を先生にダブルチェックしたにも関わらず)送られてしまい、かつUSでは夜の時間のやり取りなので反応も遅いため試験開始の10分前くらいまでバタバタしてギリギリ間に合う感じだった。本当に面倒なので、試験の日だけは現地で受けられるような状態じゃないと辛い*4と思う。

あと、私は松江で行なわれるRuby World Conferenceの2日目と中間試験が被ったため、1日目にRuby Prizeを受賞してスピーチをし100万円をもらった後、2日目は上司に試験監督をしてもらうためさっさと東京に帰っている一見失礼な人間になっていた。カンファレンスと日程が被るかどうかも注意しないといけない。

CS107: Computer Organization & Systems

最近RubyのJITコンパイラの開発をしているのもあり、低レイヤープログラミングっぽい授業があったらそれを受けたいなと思って授業を探していたところ、CS107が一番それっぽかったのでこれを取ることにした。 なお、Ruiさんのスタンフォードのコンピュータサイエンスの授業の感想という記事でもCS107の内容について解説されているが、この記事の存在は受講し始めてから気付いた。

内容

シラバスにもっと丁寧に書いてあるが、私の記憶に残っているものの中では、CS107は大体以下の内容をカバーしていた。

  • 前半: C言語の基礎、デバッグ方法
    • Unixの基本的なコマンドや、gdbやvalgrindの使い方
    • Cのプログラムのメモリレイアウト、様々な型のバイナリ表現、2進数/16進数や2の補数
    • Cでのメモリ操作やポインタ演算周り
  • 後半: アセンブリ、最適化
    • 浮動少数点数の表現や精度の議論
    • アセンブリ言語レジスタや呼び出し規約
    • GCCの最適化やmalloc/freeの実装の理解
    • valgrind (callgrind) を使ったCのコードのプロファイリング

前半はとにかく難易度が低い。Cで普段言語処理系を開発してるような人が受けても得るものはほとんどない。が、課題はセル・オートマトン、UTF8の扱い、Cのライブラリ関数の実装を読みながらUnixコマンド(getenv, which, cat, tail, uniq, ls, sort)を実装しまくるといった内容で、毎回丁寧にコードを添削してもらえるので、C言語を学びたい人にとっては素晴らしい題材になると思う。

後半は学ぶ内容のレベルがちょうどいい感じだった。大学でアセンブリ言語でプログラミングするような授業があったのでそこは復習みたいな感じになったが、初めて知った(か単に忘れていた)ことが割とあったし、課題も試験もかなり練習になる感じなのでよかった。浮動小数点数の仕組みもふんわりとは理解してたけど、バイナリ表現を試験で回答できる程度に理解したのも初めてな気がする。GCCがコード生成の過程でどういう最適化をやってるかを少しだけでも理解しておくと私のJITの開発にはダイレクトに役に立つし、課題でmallocを2パターン実装するのも面白かった。

あと、2年前の期末試験問題とかを見るとELFのシンボルテーボルといった話題にも触れられていたようだが、今年はそれが含まれていなかったのは少し残念だった。

成績

Aだった。GPAにすると4.0で、上にA+があるらしい。テストも別に最高点というわけでもなく、体調崩してる間にLab一つすっぽかしたりしてるので、A+じゃないのはまあしょうがない気がする。

所感

11月にUS出張していた期間がこれと被っていたので、現地で受講したり図書館行ったりすることも可能だったのだけど、体調を完全に崩していて諦めたのがちょっと残念だった。まだキャンパス入ったこともない。

授業1つ取ってるだけで大分忙しくなるので、次授業受けるならもう少しJITの開発が落ちついて暇になったタイミングかなあと考えている。

*1:年間費用とかは見つかった https://cdn.group.softbank/corp/set/data/irinfo/presentations/results/pdf/2019/softbank_presentation_2019_002_004.pdf

*2:プログラミング系の奴の成績がよくて、文系科目が大体単位ギリギリの点数みたいな感じ

*3:アメリカのリモート受講が可能な他の大学だと、試験を受けている様子を自分で動画で取って提出するのもあると聞いた

*4:大学付近に住んでいるならテストだけ現地で受けることも可能で、その場合Exam Monitorは用意しなくて済むという話